ユーザーインタビュー

インタビュー 小六禮次郎氏

小六禮次郎氏

「ある旋律を聴きながら別の旋律を足していくのではなく、自分の頭の中ですべてを考えられるようにならなければダメ」

ファイル・サイズが小さいところに惹かれてSibeliusを使い始めた
sibeliuski 小六先生は、コンピューターを使った譜面作成はいつ頃からやられているのですか?
始めたのは、もう15年くらい前のことですね。僕自身、コンピューターを使った譜面作成にはそれほど興味はなかったんですけど、
当時、Overtureという譜面作成ソフトを使い始めていた大先輩の先生がいらっしゃって(注:Overtureは、90年代にOpcodeというメーカーが販売していた譜面作成ソフト。現在は販売されていません)、
それで「小六ちゃん、これおもしろいよ」と薦められたのがきっかけですね。「これからの時代は、こういうものを使って譜面を書くようになるのかな・・・」とか思いながら、とりあえず使い始めてみたんですが、いざやってみるともの凄く時間がかかって(笑)。
ソフトがまだ全然洗練されていない上に、コンピューターも遅いじゃないですか。2年位我慢して使っていましたが、やはりダメで次のソフトに変えていきました。
そうそう、いま思い出しましたけど、Overtureの前にPerformerというシーケンス・ソフトを買ったこともあったんですよ。しかしあのシーケンス・ソフトというのには馴染めなかったですね。ああいうソフトって、音符ではなく音を打ち込むという感じじゃないですか。
それが僕のような人間には凄く難しくて。表示もグラフみたいな図形ですし。
小六先生
sibeliuski ピアノ・ロール画面ですね。
そうそう。やっぱり僕のような人間は、譜面じゃないとダメなんですよ。だからPerformerもすぐに使うのをやめてしまいました。そこでもしシーケンス・ソフトに馴染めていたら、そのまま使い続けて、今はPro Toolsを使うようになっていたのかもしれない。しかし残念ながら、そっちの方には行けなかった(笑)。
でも、せっかくMacを買ったので、Performer以外のソフトもいろいろ揃えたりしましたけどね。いちばんおもしろかったのは、名前は忘れてしまったけど、MIDIキーボードを弾くとリアルタイムに譜面が表示されるソフト。ただ、それは目で見て楽しむだけで、譜面の作成には使えなかったんですけど。
小六先生
sibeliuski Sibeliusと出会われたのは?
Overtureの後、別の譜面作成ソフトを手に入れて、しばらくはそれを使っていたんですけど、いろいろと不満があったんですよ。一番の不満は作成されるファイルのサイズが大きいことで、僕は仕事場が北海道にもあるんですが、そこはつい最近までインターネットがISDNしかなかったところで(笑)。
だからファイルのサイズが大きいと、送受信にもの凄く時間がかかってしまっていたんですよね。フル・オーケストラのファイルだと、数MBになってしまう感じだから。それと操作が煩雑なところも不満だった。何をやるにしても一手間多く必要で、また動作も重いんですよ。
そんな感じで不満を抱きつつも使っていたんですが、あるとき東京音大の講師の方が、「Sibeliusっていうソフトがいいですよ」とおしえてくれたんですよ。それで試してみたら動作は軽いし、作成されるファイル・サイズも小さくて、すぐに気に入ってしまったんです。
それが確か2003年、バージョン2のときで、それ以降ずっとSibeliusを使っていますね。
小六先生
sibeliuski 別の譜面作成ソフトからすぐに移行できましたか?

ぜんぜん問題なかったですね。彼はSibeliusについて、「複雑な譜面の作成は得意じゃないですよ」とか言っていたんですけど、僕は現代音楽を書くわけではないので、その辺もまったく問題なかった。
ただ、当時のバージョンは機能も少なかったですし、いくつか不具合もありましたけどね。フォルテとかの表示がグチャグチャになっちゃうので、1つ1つ手作業で直さなければいけなかったり(笑)。
しかしフォントの表示とかが凄くきれいで、そういった不具合もあまり気にならなかったんです。もちろん、いま使っているバージョン6だと、そんな問題はないですよ。

小六先生
sibeliuski 先ほど、北海道にも仕事場があるとおっしゃっていましたが、Sibeliusはノート・パソコンで使用されているのですか?
いや、自宅と北海道の仕事場両方に、ほとんど同じ仕様のデスクトップのPCを置いています。もちろん、どちらにもSibeliusが入っていて、コンピューターは未だにWindows XPですね。
僕はアンチ・ウィルスのソフトとかが大嫌いなので(笑)、仕事用のPCはインターネットにも繋がないで、Sibelius以外は最低限のソフトとWordが入っているくらい。極力シンプルにして使っているんです。そろそろWindows 7に替えた方がいいのかなとも思うんだけど、最近はMacの方がいいんじゃないかとかも思ったり。
理想を言えば、画面をデュアルにして、A3の譜面をそのまま表示できるようにしたいんですよね。現状だと、スクロールさせないと譜面がすべて見渡せないでしょう?だから最終的にはプリントして確認するんですけど、オーケストラだと30~40ページあるので紙がもったいない(笑)。
小六先生
sibeliuski 先生の入力方法は?
鍵盤を使ってフレキシタイム入力をしていますよ。最初は3オクターブくらいの小さなMIDIキーボードを使っていたんですが、オクターブを頻繁に切り替えなければならないのが煩わしくて、すぐに88鍵のものに替えました。
いま自宅で使っているのは、20年くらい前に買ったヤマハのデジタル・ピアノで、MIDIが付いた最初期のものだと思います。だからけっこう年季が入っていて、反応が良くない鍵盤がいくつもあるから、そろそろ買い替えないと(笑)。
北海道の仕事場で使っているのは、ローランドのデジタル・ピアノで、これも普通の家庭用のやつですよ。
小六先生
sibeliuski デジタル・ピアノの上にコンピューターのディスプレイとキーボードを置いて・・・。

いや、僕は膝の上にコンピューターのキーボードを置いているんです。このスタイルに辿り着くまで、紆余曲折ありましたけどね。
最初はMIDIキーボードの奥にコンピューターのキーボードを置いていたんですが、どうも使いづらくて、その後はMIDIキーボードとコンピューターのキーボードを横に並べてみたんですけど、それもしっくりこない。
それでいろいろ試行錯誤した結果、膝の上にコンピューターのキーボードを置くのが一番やりやすかったんですよ。このスタイルに落ち着くまで5年くらいかかったかな。最近はコンピューターのキーボードがワイヤレスなので、膝の上に置いても問題ないんですよ。
長いオーケストラの仕事だと、書き上げるのに半年くらいかかるんですよね。だから姿勢は大事ですよ。
北海道の仕事場にローランドのデジタル・ピアノを入れたとき、ちょうど上の天板が空いていたので、そこにコンピューターのキーボードやディスプレイを置いて作業してみたんですが、1本オーケストラを書き終えたら具合が悪くなってしまった(笑)。
もうカラダが固まってしまって、こりゃダメだと。今は膝の上にコンピューターのキーボードを置くスタイルが一番ですね。

小六先生
本当に作曲したいのなら、頭の中ですべてを考えられるようにならなければダメ
sibeliuski 作曲されるときは、まずSibeliusを立ち上げる感じですか?
いまだに紙に書くことも多いですね。最近はどうだろう・・・紙に書くのとSibeliusを立ち上げるのが半々という感じですかね。やっぱりアイディアが思い浮かんだときは、紙に書いておくのがラクだから。
書くと言っても、8小節くらいのメモですけどね。メモの段階からSibeliusを立ち上げればいいんじゃないかとも思うんですけど、やっぱり最初は紙に手がのびるんですよ。Sibeliusも十分手足のようになっているのに、不思議ですよね。
劇伴なんかの仕事では、いきなりSibeliusを立ち上げることもあるんですけど。
小六先生
sibeliuski そして紙に記したメモをSibeliusに清書していくと・・・。

僕の場合、紙に書いたメモは少し放っておくんですよ。それで3日後くらいに口ずさんでみて、良いメロディーかどうか判断する。やっぱりお酒を飲んでいるときの感覚と、シラフのときの感覚は違いますから(笑)。
それで良いなと思ったアイディアは、Sibeliusを立ち上げて入力していくわけですが、編成が少ない曲に関しては全部の楽器を一気に書いていっちゃいますね。
逆にオーケストラの場合は違って、最初に真ん中の段を使って、ピアノ譜だけを最初から最後まで書いていっちゃう。それでピアノが出来上がってから、オーケストレーションに進むんです。そういったオーケストレーションには、Sibeliusは最高ですよね。
コピー&ペーストが使えますし、ある部分だけオクターブを上げたり下げたりするのも簡単ですし。そしてそんなことをやっているうちに、違うアイディアが浮かんでくるんですよ。大抵、元のアイディアどおりに進まない(笑)。
だから完成までに推敲が3段階くらいある感じですよね。大規模なオーケストラを書くときほど、そんな感じの作業になる。そうなるとSibeliusは、単なる譜面作成ソフトではないですよね。

小六先生
sibeliuski 譜面作成ソフトは、作曲しながら音で確認できるところが大きな特長だと思うんですが、その辺りはいかがですか?
最初はサンプルで聴けるのはおもしろいなと思いましたよ。今まではピアノで試しに弾いてみることもありましたけど、ほとんどの場合は頭の中だけで鳴っていて、スタジオに行って初めて音として聴けたわけじゃないですか。
Sibeliusの音が完成品と同じに聞こえているわけではないのですが、すぐに音として聴くことができる。このことは、作曲のやり方にも影響を与えていますよね。ベーシックな旋律を考えた後、それを聴きながらカウンターのメロディーを考えるということができるようになりましたから。
そんなこと、昔では考えられなかったから、けっこうおもしろいと思います。ただ、それをやると作風も変わってきますけど。
小六先生
sibeliuski 譜面作成ソフトの「音で確認できる」という特長は、初心者の人には間違いなく便利なことだと思うんですが、先生のようなプロの作曲家にとってはどうなんだろうと思って、この質問をしてみました。
でもね、基本的には余計な機能だと思います(笑)。だっておもしろくないでしょう? スタジオに行く前に音が聴けちゃったら。
それに作曲家を目指す学生にとっても良くない機能だと思う。僕は普段、学生に「自分の頭の中ですべてを考えられるようにならなければダメだ」と言っているんですよ。聴きながら足して、また聴きながら足して、という作曲方法はダメだよって。
やっぱり若いうちは、頭の中ですべてを考える訓練を積まないと。そんなコンピューターに頼った作曲で、電気が無くなったらどうするの?って。でも最近はそういう子が多いんですよ。
若いうちはまず和声のイロハから始めて、そこから知識をどんどん積み重ねていく。そうすると次第に頭の中がゴチャゴチャになっていくんですが、それが何らかの拍子で繋がって、ふと新しい旋律が生まれるときがあるんですよ。それが作曲という行為なんです。
しかし、聴きながら足して、また聴きながら足して、というやり方は、「これとこれではどっちがいいだろう」という単なる選択にしか過ぎなくて、本当の意味での作曲とは違うんですよね。
若いうちからそんなことをやっていたら、頭の中はカラッポになっちゃいますよ。絶対に良くない。
小六先生
sibeliuski ポップスの世界では、そういった作り方が主流になっていますね。
ある部分ポップスはいいんですよ。そういう作り方だからこそ出来る音楽もありますから。
ただ、ドラムはこのパターンでいこうとか、ベースはAmだからこのフレーズがいいんじゃないかとか、そんな曲でよければ誰だって作れると思うんですよね。それは単に選択しているだけであって、作曲ではないですよ。コーディネーションとでも呼んだ方がいいかもしれない。
誤解してほしくないのは、僕はそういった作り方を否定しているわけではないんですよ。そういった作り方でも、それは間違いなく創作行為だと思います。河原に転がっている石ころの中から、自分が気に入ったものを並べて、モザイクを作っているような感じですよね。
それはそれで立派な創作行為だと思うんですけど、本当に曲を作りたいのであれば、石ころから作れるようにならないと。作曲を学びに大学に来ているのであれば、なおさらです。
小六先生
sibeliuski 先生は東京音大で教鞭も執られていますが、授業でもSibeliusを使われているのですか?
もちろんです。こういう譜面作成ソフトは、学校の授業には最高ですよね。たとえばオーケストレーションを教えるときは、Sibeliusの画面をそのままプロジェクターに映すんですけど、それが学生たちにとってはかなり刺激的みたいで。
弦の8小節くらいの旋律があって、それを目の前でアレンジして見せると、みんな目を丸くして見ていますね。「えっ?」という感じで(笑)。
そういう作業を実際に見せてあげることで、数時間で1曲アレンジするプロの仕事が一体どういうものなのか、よく分かると思うんですよ。
小六先生
コンピューターが和声を判別できるような曲は、響きがおもしろくない
sibeliuski Sibeliusの中で一番気に入っている機能をおしえてください。

大体使っているからなぁ・・・。強いて挙げれば、機能というものでもないですけど、ショート・カットですかね。Sibeliusを操作する上では、なるべくマウスを使わないというのを心がけています。
コンピューターのキーボードを使って、ショート・カットで操作する。もうほとんどのショート・カットは、考えた瞬間に手が動きますね。マウスを使うのは楽譜を移動するときくらいですよ。
あとSibeliusをマスターする上で役立つのはサポート・ニュース
僕はマニュアルはほとんど読んだことないんですけど、サポート・ニュースには大体目を通してて、あれで「あ、こんな機能があるんだ」って知ることも多いですよ。

小六先生
sibeliuski ありがとうございます!サポート・ニュースの他に、このブログ内(Avid Japan Music Blog)にSibeliusの使い方をご紹介している記事もあるので、そちらもぜひチェックしてください!
へぇ、そんなのもあるんだ。こんど見てみますよ。 小六先生
sibeliuski お話を伺っていると、先生にとってSibeliusは頭の中のイメージを形にするツールであって、それ以上でもそれ以下でもないという感じですね。
そうですね。コンピューターも苦手なわけではないですけど、特別好きというわけでもないですし。けど、譜面作成ソフトはツールに徹すればいいんじゃないですかね。アレンジなんて機能は必要ないですよ(笑)。 小六先生
sibeliuski ユーザーさんの中にはああいう機能を必要とする人もいるんです・・・。中には「旋律を作ったら、それに自動でコードを付ける機能がほしい」という人もいるくらいです(笑)。
わははは(笑)。自動でコードが付いたら何にもならないじゃない。 小六先生
sibeliuski だからそういう人には、「Sibeliusはどんどん便利になっていますけど、人間がやるべき部分はちゃんと残してあるんです」と言っているんです。
素晴らしい。そのとおり。何でもかんでもコンピューターが手助けするようになったらダメですよ。それにたとえそんな機能が付いたとしても、僕らプロの作曲家が書くコードは絶対に判別できないと思うんです。
たとえばAmの曲があったとして、ベースのフレーズはAmと判別できるかもしれないですけど、上の和声はAmと判らないように作っているわけですから。コンピューターがAmと判別できるAmの曲なんて、きっと響きがおもしろくないですよ。
小六先生
sibeliuski 過去にPerformerを試して以降、シーケンス・ソフトやDAWはまったく触られていないのですか?
Pro Toolsに関しては、自分で触ろうかなと思ったこともあるんですけど、さすがにもういいかなって(笑)。凄い人がいっぱいいるでしょう。 小六先生
sibeliuski SibeliusとPro Toolsは、データの連携もできるんです!
そうなんですよね。そういう機能を知ると鼻が膨らむんですけど、たぶん肩凝りが増えるだけのような気がする(笑)。キリが無さそうですからね。
でもスタジオでPro Toolsを見ると、本当に凄いソフトだなと思いますよね。音をいかようにも編集できるわけでしょう?編集に関してはあれ以上のものにはならないと思いますので、今後Pro Toolsがどういう方向に進化するのか興味がありますね。
小六先生
sibeliuski Sibeliusに望むことというと・・・。

何だろうなぁ・・・。そうだ、自分の手グセのコードを登録できると便利ですかね。作曲をする人やピアノを弾く人って、みんな自分の手のフォームがあるんですよ。そのフォームを覚えてくれるような機能。
最近はあんまりコード・ネームを書くような仕事はしないんですけど、ジャジーな曲とかだと、そういう機能があると便利かもしれない。あとは・・・(先生、鞄の中からゴソゴソとiPadを取り出す)コレでSibeliusが動いてくれると最高なんですけどね。

小六先生
sibeliuski iPad!つい最近、Sibeliusのファイルを閲覧できるAvid Scorch(Scorch for iPad)というアプリケーションがリリースされたんですよ。
あ、そうなんだ。それは知らなかった。しかし欲を言えば、閲覧だけでなく入力にも対応した、本当の意味でのSibeliusアプリケーションが出るといいですね。
iPadって意外と優れていて、音楽系のアプリケーションは和音にも対応しているから、ハーモニーを確認することができるんですよ。コンピューターのキーボードで演奏すると、単音なのでハーモニーが取れないじゃないですか。だからiPadって意外と便利なんですよね。
小六先生
sibeliuski 最後に、先生が思うSibeliusの良い点を挙げていただけますか。
フォントがきれいで、譜面全体が美しくまとまること。これが一番ですね。あとは使い勝手もカンタン。それとこれは僕がSibeliusを使い始めた最大の理由なんですけど、ファイル・サイズが小さくて済む。この3つでしょうかね。 小六先生
sibeliuski 本日はお忙しいなか、ありがとうございました!

小六禮次郎 ~プロフィール~

作・編曲家。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。
映画音楽・TV・CD・CM・舞台・イベントと幅広く多方面にわたって活躍中。
主な作品に映画「ゴジラ」、大河ドラマ「功名が辻」「秀吉」、連続テレビ小説「さくら」、PS2「決戦」シリーズ、世界劇「黄金の刻」、倍賞 千恵子「冬の旅」、小林 幸子「母ちゃんのひとり言」等多数。
現在東京音楽大学映画放送音楽コース客員教授。
2014-01-01 | Posted in ユーザーインタビューComments Closed